芥川龍之介が描いた
「水虎晩帰之図」

 河童(かっぱ)について聞いたことがありますか?河童は川や池などの水の中に住んでいます。子どものような姿で、手足には水かきがあります。頭の上に皿があり、その皿が乾くと死んでしまうそうです。髪はいわゆるおかっぱ頭です。河童の姿を想像できましたか? いいえ、うまく頭に思い浮かばなくてもいいのです。河童は想像上の生き物ですから。

 芥川龍之介という人は、河童の絵をたくさん描きました。その中の一枚が山梨県立文学館の常設展芥川龍之介コーナーに展示されています。この河童は右肩に葦(あし)をかつぎ、左手に魚を持っています。この絵には「水虎晩帰之図(すいこばんきのず)」という名前がつけられています。大正12年8月、龍之介が長坂町の清光寺(せいこうじ)に滞在しているときに描きました。そして、清光寺の諏訪孝禅(すわこうぜん)師に贈ったのです。この時、龍之介は清光寺で開かれていた夏期大学で、四日間、文学の講義を行っていました。


 龍之介はどうして河童の絵をたくさん描いたのでしょう。
 大正9年9月22日に友人の小穴隆一(おあなりゅういち)に宛てたはがきに、龍之介は「この頃河童の画をかいてゐたら河童が可愛(かわい)くなりました」とあります。

 また昭和2年には、龍之介の小説「河童」が「改造」という雑誌に載(の)ります。この小説は、河童の世界に落ちたという精神病院の患者が、河童の社会について語っています。河童の社会と人間の社会の価値観の違いが浮き彫りにされていく中で、かえって人間の社会の矛盾や批判が見えてきます。

 龍之介は河童を描くことによって、そこに人間や社会の本当の姿を映し出そうとしたのかもしれません。