「たけくらべ」原稿

 みなさんは原稿用紙に文章を書いたことがありますか?おそらく、学校の作文や読書感想文を書いたのではないでしょうか。小さなますに文字を書き入れていくのは、本当に肩のこる作業です。肩がこるといえば、今から紹介する樋口一葉は、相当の肩こりだったようです。一葉が原稿用紙に筆で書いた繊細でなめらかな文字を見ると、執筆(しっぴつ)の合間にトントンと肩をたたいている姿が目に浮かんできます。山梨県立文学館常設展の樋口一葉コーナーには、一葉の代表作といわれる小説「たけくらべ」の原稿があります。

 「たけくらべ」は、一葉も一時期住んだ東京の大音寺前(だいおんじまえ・現在の台東区竜泉・たいとうくりゅうせん)を舞台にしています。表(おもて)町に住む主人公の美登利(みどり)、正太を中心とするグループと横町の長吉のグループは、夏祭りの日にけんかをします。この時、美登利が慕っていた龍華寺(りゅうげじ)の息子・藤本信如(しんにょ)は、長吉の頼みで横町組の後ろ盾となります。信如は、その場にいなかったものの、長吉の「ざまを見ろ、此方には龍華寺の藤本がついて居るぞ。」ということばに、美登利は信如に不快感を示します。

  それから雨の降るある日、信如の下駄の鼻緒(はなお)が、通りかかりの美登利の住む大黒屋(だいこくや)の前で切れしまい、立ち往生しているところを美登利が気づきます。普段ならば憎まれ口をたたいて助けを出す美登利ですが、この時ばかりは、信如の力になりたいと思いながらも、先のけんかの一件から声をかけられず、美登利の強い葛藤(かっとう)が「物いはず格子のかげに小隠れて、さりとて立去るでも無しに唯うぢうぢと胸とゞろかすは、平常の美登利のさまにては無かりき。」という態度に表れています。
 
「たけくらべ」では、美登利や信如などの十代半ばの子どもたちの微妙な心理が巧みに描き出されています。

 一葉の両親は塩山市(えんざんし)の出身で、結婚を反対されたため先輩を頼って東京に出ます。一葉は東京で生まれたのですが、「ゆく雲」という小説の中で両親の故郷の情景を描いている場面があります。一葉は結核のため二十四歳の若さで亡くなるのですが、亡くなった後、両親の出身地である塩山市の慈雲寺(じうんじ)に「一葉女史碑(いちようじょしのひ)」という石碑が建てられます。一葉にとって山梨はゆかりの深い地であります。

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