村岡花子が訳した
『赤毛のアン』

 「赤毛のアン」という作品を知っていますか。“髪は赤毛でそばかすだらけ、やせっぽちの孤児アン・シャーリイ”はどんなことがあったってくじけずにがんばっていくというストーリー。これを書いたのはカナダの女流作家ルーシ−・モード・モンゴメリー。「アン・オブ・グリーン・ゲイブルズ」という作品でした。これを日本語に訳したのは、甲府市生まれの作家・村岡花子でした。

 花子は3歳以降東京で暮らしますが、23歳の時に山梨に戻り、英和中学校の教師をします。その後再び上京して、児童文学の編集や「子供新聞」の編集の仕事をします。また、JOAK(NHKの前身)のラジオの「子供新聞」ニュースのアナウンサーとなって、広く親しまれました。そんな花子が昭和14年にカナダの宣教師から贈られた一冊の本「アン・オブ・グリーン・ゲイブルズ」から、日本語版「赤毛のアン」が誕生したのです。


『赤毛のアン』翻訳原稿

 花子が翻訳を始めたのは太平洋戦争中。灯火管制(とうかかんせい)といって、空襲で爆弾を落とされないよう灯りに黒い布をかぶせていた時代です。紙も足りず、原稿用紙を集めるのには大変苦労したようです。きっとがんばり屋の主人公“アン”に励まされながら書いたのでしょう。700枚を越える原稿を書き上げた頃、戦争も終わっていました。しばらくの間大切に保存していましたが、6年経って「赤毛のアン」という題名で出版することになります。それからは「アンの青春」「アンの愛情」など次々と続編を訳し、6年間で10冊の赤毛のアンシリーズを出版しました。作品は今も幅広い年齢層の読者に愛されています。

 県立文学館の、常設展村岡花子コーナーには、「赤毛のアン」の原稿が展示してあります。何カ所も書き直しているところがあり、よりよく書こうと努力したことがわかります。閲覧室(えつらんしつ)では「赤毛のアン」シリーズの本を手にとって読むことができます。今年は、「赤毛のアン」の翻訳出版からちょうど50周年。映画や、ミュージカルも始まります。この機会にアンの魅力にふれてみてください。