徳永寿美子の著書

 昔話や伝説として古くから語り伝えられたお話が、日本にはたくさんあります。安寿(あんじゅ)と厨子王(ずしおう)の姉弟の物語もその一つです。

 安寿と厨子王の父は、奥州(おうしゅう)といわれた今の東北地方のあたりをとりしきっていましたが、九州に島流しにされてしまいます。その父を探しに、姉の安寿と弟の厨子王は、母と乳母とともに旅に出ますが、途中で人買いにだまされ、母親とも生き別れてしまいます。人買いに売られた二人は、きつい労働に耐え、何とか両親と再会を果たそうとします。安寿は自分の命を犠牲にして、厨子王を都へと逃げさせます。そして、ついに厨子王は親との再会を果たすのです。

安寿・厨子王の姉弟の物語は、「説教節(せっきょうぶし)」や「浄瑠璃(じょうるり)」といった語りやお芝居などによって、様々にかたちを変えながら、千年近く日本に語り継がれてきました。

 山梨県立文学館常設展の徳永寿美子のコーナーには、「あんじゅとずしおう」の草稿があります。この中には冒頭の場面を三回書き直した原稿用紙があり、作者がどんなふうに物語を書き出そうかと、よく考えていたことがわかります。徳永寿美子は、幼い子どもが理解しやすいように「あんじゅとずしおう」を書きました。何度も書き直された草稿からは、よりよい表現をめざそうとしたことが伝わってきます。

 徳永寿美子は、1888(明治21)年に甲府市に生まれました。6歳の時、一家で東京に移り住み、雑誌「文章世界」の編集をしていた前田晁(あきら)と結婚しました。やがて子どもが生まれると、子どもの読み物に関心を持つようになり、童話を執筆(しっぴつ)するようになりました。「うさぎのせんたくや」「おかあさんのおひざ」など多数の著書があります。また、「浦島太郎」「舌切雀」など現在でも広く知られた日本の昔話や、「小公子」「フランダースの犬」「アルプスの少女」など外国の物語をわかりやすく書き改めて、紹介することに努めました。寿美子は母親の立場から、子どもための読み物をたくさん書きました。