「手の平に」色紙

 みなさん、豆腐(とうふ)はどこに売っていますか。どこで買ってきますか。
 昔、といってもみなさんのお父さん、お母さんの小さいころですが、そのころまでは、町に豆腐屋(とうふや)さんがありましたし、行商(ぎょうしょう)といって、自転車(じてんしゃ)やリヤカーに豆腐や油揚(あぶらあげ)を積んで、宣伝(せんでん)のためにラッパを吹きながら売って歩く人が来たものです。

 手の平に とうふをのせて いそいそと いつもの角を 曲がりて帰る

 鎌倉(かまくら)で一人暮(ぐ)らしをしていた山崎方代さんの短歌(たんか)です。近所の豆腐屋さんに、あるいは行商の人のラッパの音に気づいて買いに出たときの気持ちを歌っています。豆腐屋さんにしても、行商の人にしても、もう知り合いになっているのでしょう。ふつうは、豆腐を入れる鍋(なべ)を持って買いに行くのですが、方代さんは、なんと手の平に載(の)せてもらったのです。「いそいそと」という言葉にうれしいきもち気持が表れています。豆腐をおかずに、夕食(ゆうしょく)を食べようというのです。「いつもの角を」といういい方からは、豆腐を買うことが何度もあるということです。ということは、豆腐を買うときはいつも手の平に載せてもらっているのでしょうか。
 これが、方代さんの人柄(ひとがら)なのです。身の回りの小さなもの、何気ないものにも注目し、短歌に作っています。


愛用のめがねと万年筆

 山崎方代は、山梨県東八代郡中道町(ひがしやつしろぐんなかみちちょう)に生まれました。父母に手伝って、家の農業(のうぎょう)をしていました。戦争に兵士(へいし)としていった後は、目が不自由になってしまいました。しかし、若いころから、地元(じもと)の短歌会に入り、歌を作ることをいきがい生き甲斐にしていました。

 

 貧しけれど この生業(なりわい)をまもりつゝ(つ) 今を生くべき生命(いのち)なりけり
 
(「山梨日日新聞」昭和9年8月)

 読む人の心に直接伝わってくる短歌です。働くこと、生きることの喜びを感じることのできる作品です。
 また、ユーモアに満ちた作品も数多く、道端(みちばた)の石ころや食器にも命を感じる、そんな感覚(かんかく)を持った人でした。

  手のひらを かるく握(にぎ)ってこつこつと 石の心をたしかめにけり
 (『こおろぎ』昭和56年3月)

  ある朝の 出来事(できごと)でしたこおろぎが わが欠け茶碗(かけぢゃわん) とびこえゆけり
  (『こおろぎ』昭和56年3月)